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第60話「理想的なクリニック
 最初から自慢するようで気が引けるが、私は自分なりに理想的な耳鼻咽喉科クリニックを完成して日々の診療を行っている。それはやがて、耳鼻咽喉科専門医である娘二人に継承されることになっている。限られた資金で作らねばならなかった建物の外観、狭さについては触れないことにする。
さて、一つの事業――私の場合は医療――を作り上げ、健全に継続して行くためには、スタッフと良い関係を築く事が重要だ。人柄の良い明るいスタッフ達に囲まれて、日々の診療を続けられる私はつくづく幸福だと思う。

誕生日にスタッフから花束をプレゼントされて 
 私は今迄の生涯、数多くの貴重な人との出会いに恵まれて来た。
先ず、一番の恩人といえば、三宅浩郷先生(元東海大学耳鼻咽喉科教授・故人)をあげねばならない。三宅教授の思い出については、いずれ、院長余話で詳しくご紹介するつもりだ。
そして、三宅教授の後任の坂井真教授は慶応大学耳鼻咽喉科教室に入局(私の同世代)し、アメリカに留学した「耳科学」の大家で、現在は茅ヶ崎中央病院の院長・耳鼻咽喉科医長の要職を兼務している。副院長ゆかりは、東海大学耳鼻咽喉科在籍中は三宅教授から引き続き坂井教授の教えを受けた。更に坂井教授の次に位置した新川敦助教授も私のところで診療をして、私のクリニックの診療内容を向上して下さった。現在、新川先生は東海大学を退職して、新川クリニックの経営者として活躍しておいでだ。そのクリニックに、私の次女さゆりが勤務している。そして、レーザー治療を習得して当院で週一回レーザー治療を行っている。
普通のクリニックでは、耳鼻咽喉科的手術、重症患者さんに対応できない事がある。重症患者さんの救急搬送先に、藤沢市民病院、茅ヶ崎中央病院、東海大学病院、北里大学病院、湘南鎌倉病院をお願いしている。あまり美しい言葉ではないが、医師の世界でも「人脈」が重要だ。いざと言う時に慌てず患者さんに対処出来ることが、当院の強みと言えるだろう。安全な受け皿を用意する事は、我々開業医にとっては欠かせない条件だし、患者さんの安全を担保できる。
そして、当院の強みの第一は、常時二人の医師が診療にあたっていることだろう。二人で診療していると、多数の患者さんで混雑している時でも、あせる事なく患者さんに対応する事ができる。
最近、診療に“アキタ”から診療所を閉めるという医師がいるという。病気なら仕方ないが、“アキタから診療をやめる”など、私には考えられない。
私は、終生耳鼻科医療を続けるだろう。診療に自信がある事も事実だが、酒飲みが酒を止められないように、診療しなしでは生きていられない。念のため申し上げるが私はビール一杯も飲めない下戸だ。
「終生医療を続ける光栄は最上のものと信ずる」、という私の人生観にぴたり当てはまる文言を曾野綾子氏のエッセイの中から見つけた。


然し私には、遊びの部分が抜けているのが残念だ。“銀ブラ”するのが唯一の遊び、とはいささか寂しい。
 
銀座の風景
(銀ブラとは、銀座をブラブラする事ではなく、銀座でブラジルコーヒーを飲む事だというが、真偽の程は知らない。)

         2014年10月1日
矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮