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第72話「耳管開放症」
耳管開放症という病気がある。患者さんにとっては苦痛の強い病気だが、比較的に希な疾患なので見逃されやすい。
鼻腔から中耳に続く管(耳管)の周辺の脂肪が減り過ぎて、耳管の内腔が広くなり過ぎたために、かえって耳のつまり感が強くなる病気だ。
体重減少、過労、ストレス、妊娠が主な原因だという。
ややこしいのは、
耳管開放症とは真逆な耳管狭窄症と症状が殆ど同じ事だ。文字通り耳管狭窄症は耳から鼻に続く耳管が狭くなる病気だ。患者さんの訴えが全く同じなので、症状から鑑別するのは難しい。
耳管閉塞症は鼻がつまっている時(アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎)等の鼻の異常に併発して起こるのが普通だ。又、気圧の変化(飛行機、登山、スキュウーバー)が関係している事が多いので、診断は比較的簡単だ。ティンパノグラム(鼓膜の振動検査)をすれば明確に診断する事が出来る。
開放症狭窄症とは、その症状が殆ど同じなので混同されやすい。発生頻度からいえば、狭窄症の方が比べものにならない程に多い。
開放症は耳管機能検査を行えば、確定診断する事が出来る。自慢ではないが、この検査器具を備えているクリニックは藤沢市では当院以外にないだろう。開放症を診断する最も簡単な方法は、患者さんに、お辞儀の姿勢(頭を下にさげる)をして頂いた際に、耳のつまり感がとれるかどうかだ。頭を下げると耳のつまり感がとれ、頭を上げると、再び耳がつまってしまう事が確認されれば、耳管開放症と想像できる。そして、耳管機能検査を行い確定診断する。
過日、私の友人(患者さんではない)に、東京の路上で会った時、耳のつまり感のために、近所の耳鼻科で耳管通気療法を続けているが、一向に治らないと嘆かれた。私はその場で彼に頭を下げてもらい、耳つまり感が消える事を確認し、彼に
開放症の疑いが濃厚である事を告げた。
後日、彼は大学病院で精査を受け、
耳管開放症と診断された。路上で正確な診断した私は彼に深く感謝された。
つい先日、耳つまり感の強い患者さんが、私のクリニックを受診した。失礼な言い方だが、その方は小太りの女性で、体重はむしろ増加傾向にあるという。私は体重の事から、
耳管開放症とは考えなかった。しかし、その患者さんは他の耳鼻科医で耳管通気療法を受け、余計に耳がおかしくなったという。私はその耳鼻科医の耳管通気の仕方が悪かったのだろうと思い、自分の耳管通気の腕の良いところ見せようと、通気を施行しようとした瞬間、隣で診察していた副院長から、“待った”の声がかかった。「他医の通気で余計悪くなったのなら、耳管開放症ではないのか?何故、得意な耳管機能検査をしないのだ?」。と、鋭く詰問された。その時、私は患者さんの体重の事から、耳管開放症の事は念頭になかった。あわてて、お辞儀の姿勢をして頂いたら、耳つまり感がとれるという。直ぐに、耳管機能検査(下のグラフ)をしたところ、典型的な耳管開放症だった。

 
その患者さんは、ご自分の苦痛の原因が耳管開放症によることを納得してお帰りになった。
副院長の助言がなければ、重大な診断ミスをおかしたところだ。
副院長(長女)から院長である私が教えられた事になる。将来は長女と次女に診療を任せる私としては喜ぶべきだろう。



         2015年10月1日
矢野耳鼻咽喉科院長  医学博士 矢野 潮